少子高齢化時代の大学運営

選ばれる大学に必要な3つの方向性について

PERSPECTIVE #3

近年、少子高齢化、増加しすぎている大学数、講義や教育の質、環境整備、新型コロナウィルス禍の対応など様々な問題を抱えた大学は、あらゆる角度からそのあり方を問い直されている。

超高齢社会を迎えた日本において、18歳人口は、1992年の約205万人をピークに減り続けている *1。それにもかかわらず、大学や新設学部の数は増加した。大学の課題について多数の著述で言及されている吉見俊哉氏によれば、1945年に48校だった大学は、49年に約200校に増え、80年頃には約500校、そして2010年代には780校にまで増えている。吉見氏は「本来ならばここまで大学数を増やすべきではなかった」と述べ、大学の爆発的増加と人口減少による危機的な状況が今後も続くことを指摘している *2

これからの大学に必要な3つの要素

結論から言えば、少子高齢化の時代に生き残る大学に必要なのは、差別化、公開性、研究の事業化である。本稿では、以下の3つの事項に焦点を当て、今後の大学の進むべき方向性について考察する。

  1. 大学の強みを活かした差別化(18歳から20代前半の年齢層に対するアプローチ)
  2. 大学を公(おおやけ)の施設として捉えた新規事業(幅広い年齢層に対するアプローチ)
  3. 研究機関としての研究の事業化(組織体制、仕組みの構築)

1. 大学の強みを活かした差別化

少子化による大学入学者数の減少は、大学が抱える最も大きな課題の一つである。学生を獲得するための競争が激しくなれば、他との違いを明確にし独自性を強く打ち出した差別化をしなければ生き残ることは難しい。

大学は、金銭的な対価(授業料)と引き換えに知識や経験を提供する施設である。従来、入試、偏差値によって学生を選別していた大学は、少子化によりもはや「選ばれる側」に立たされている。よりよい環境、学びの質、卒業後の進路選択肢を充実させ、大学そのものを魅力ある場所にしなければ、新たな入学者を獲得していくことは困難である。

選別する側から選択される側となった大学にとって、学生、ないし保護者が大学に何を求めているのかを知ることの重要性は明白だろう。差別化を実現する第一のステップは、学生が大学に対して期待するもの、イメージするもの、大学に入学して得たいことは何かといったニーズを具体的に把握することから始まる。さらに、学生や保護者の持つニーズを、大学の特色と結びつけ、大学の強みを活かす方向に運営を進めていく必要がある。

進路先を検討する際に重視される項目としては、「学びたい学部・学科・コースがあること」を第1位として、「校風や雰囲気がよいこと」「就職に有利であること」「自分の興味や可能性を広げられること」「資格取得に有利であること」が上位に挙がっている(2019年、リクルート総研による調査 *3)

いずれも大学を選ぶ基準として想定される回答であるが、この情報からより深い洞察をするには次のような内容まで踏み込む必要がある。つまり、進路決定についての学生の意向をより詳細に読み解くならば、学びたい内容(学部、専門領域等)を決めるまでにどのようなプロセスを経ているのか、具体的な興味関心は何なのか、就職に有利なことを重視している場合は、その学生の経済状況や学びと仕事との関連性といった内容である。

各大学の特色を打ち出す差別化とは、目新しい学部・学科を新設して注目を集めるという意味ではない。カタカナや英語名を冠したキャッチーなコース名は、受験生に対してこれからの時代に有用な最先端の教育を受けられることを期待させる。市場のニーズを意識した窓口を用意し、宣伝するという点で、マーケティングとしては間違いではないとも言える。しかし、既に多数の大学が行なっている学部新設の向きに倣って同じようにしたところで、差別化には繋がらない。

本質的な差別化とは、大学が設立された歴史的な経緯や背景、どのような教育機関、研究機関であるべきかというビジョンやミッションにあらわれる大学の特徴(既に持っている強み)を活かし、適切な表現を用いて伝えることである。

2. 大学を公(おおやけ)の施設として捉えた新規事業

大学への進学に関連して、しばしば引き合いに出されるのがOECD(経済協力開発機構)による教育データベースの数値である。25歳以上の大学入学者は、OECD加盟諸国の平均値が約20%であるのに対し、日本では約2%にとどまっており、国際的に比較した場合、平均値を大きく下回っていることがわかる *4

日本において、18歳から22、23歳の年齢層が大学生の大多数を占める中で、社会人が大学を利用しないのは、社会の構造の中に大学で学ぶという学習の方法を選択しにくくしている要因があるように思われる。たとえば、労働、家事、育児、介護といった生活や個人のライフステージの中で、大学の講義を受講する時間が捻出できないこと、授業料等の費用、社会人になってから大学に入ることに対する周囲の理解が得られないなど複数の要因が考えられる。

また、日本では、同学年という単位で、同じ年齢のグループの中で過ごすことが一つの枠組みになっている。社会に出れば、異なる年齢の人と接しながら仕事をする機会は珍しくない上に、必ずしも年齢が上下関係を作る基準にはならない。

幼稚園、保育園、小学校から高等教育機関まで、基本的には同じ年齢の人と過ごす期間が日本ではとても長い。単一のまとまりの集団を作ることは、同程度のレベルの教育を一斉に施すという点で合理的で効率のよい方法であるが、同年齢の人が横並びで学習し、生活するスタイルが長期間続くと、同質化、均質化をもたらすことに繋がる。多様な価値観や、自分とは違う他者に対しての耐性、寛容性を養うには、同じ年齢という区切り以外の接点が必要である。

大学入学希望者には、学習意欲の高い社会人や、会社をリタイアした年配層、育児休業中にキャリアップしたい人、仕事をしながら有用なビジネススキルの学びを深めたい人、休職中の人など、複数の潜在的なニーズが想定される。しかし、そうした人たちを受け入れる窓口が極めて狭いことが現状の大学の課題でもある。

在学生を中心とした閉鎖的な姿勢から脱し、公園のようにどんな人でも気軽にアクセスでき、学び、楽しめるパブリックな場所になるということが、大学という場所を魅力的に感じる大きな要素になる。

コロナ禍で急速に進んだオンライン化を手段の一つとして活用することも含め、対面、オンライン双方において、多様な層へのアプローチが少子高齢化時代に有効な手段となる。「学歴」を保証し、就職を到達点とする通過地点の一つではなく、人生のさまざまな段階で学びや生きがいを得られる場所として機能していくのがこれから求められる大学のあり方ではないだろうか。

3. 研究機関としての研究の事業化

大学は、教育機関である一方で、研究機関でもある。多岐にわたる専門領域、多数の大学研究室、研究プロジェクトがある中で、アカデミックな研究をビジネスの文脈に結びつけて社会に還元できている事例は、あまり知られていないのではないだろうか。

研究は、純粋な学問の追求であって、それ自体に価値があり、ビジネス上の利益や値段には換算できない要素が多分に含まれている。それでもなお、そこに社会的な価値を見出せない限りは、研究が後世に継承されにくいという側面があることも事実である。

研究と並行して、研究内容や成果を事業化して社会に還元する仕組みが構築されるべきだが、事業化の仕組み作りができていないところに日本の大学の組織としての課題が指摘できる。

運営状況として、大学教員の多忙さも問題である。研究者は、研究のために資金を調達する必要があり、科学研究費をはじめとした研究助成金を採択してもらうために、大学教員は申請手続きの書類作成に時間を費やすことになる。さらに、大学内の会議、学生評価、入試対応等々、その他の細かい雑務に追われて自身の研究に割ける時間が削られることで研究の生産性が停滞する結果となっている。研究者は、忙しすぎて研究活動や論文執筆ができないのである *5

こうした現状は、本来の専門性を活かしきれていないという点で、研究者自身にとっても不幸なことであるし、大学にとっても人材の損失に繋がる危機的な事態である。研究者の研究環境を整え、大学、研究者ともに有益な着地点を見出すことが求められる。

以上、差別化、公開性、研究の事業化が、今後の大学の運営において重要であることを述べてきた。

それぞれの大学が持つ独自性を活かし、多様な年齢層に学びの扉を開き、研究者の研究時間の確保と事業化が実現すれば、大学は、少子高齢化時代においてもなお、社会価値のある教育・研究機関として存続することになるだろう。

執筆:塙 萌衣(リサーチャー / LABORATORIAN Inc. )

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